憂鬱に振り回される大学生

某私立大学生にして鬱病に過去二回既に悩まされた人生不適合者の日記

束の間の幸福

初めての記事を書く。今は鬱を感じないから今のうちに書く。常にこの気分であればこの世界でも何も問題なく生きて行ける気がするが、実際には

憂鬱でない:憂鬱=4.5:5.5

くらいの割合だと思うのでそう上手くはいかない。幸福を感じる時なんてもっと少ない。

 

何故このブログを書くかというと、憂鬱に苛まれている時の自分の思考を保存したく思ったからだ。鬱である時とそうでない時の思考パターンは明らかに異なり、鬱である時の方が圧倒的に実りの多いことを考えているように思える。しかし悲しいことにかつて経験した鬱による素晴らしい思考は再現すらできない。ただ覚えているのは人の精神の核心に迫れたことだけ。 中学に初めてエリクソンによるアイデンティティの主張を聞いた時、まさにこれだと感じたことだけは覚えている。そんな素晴らしい思考を保存すべきだと思ったから保存をはじめるのだ。

またこのブログがもしかしたら一部の人間に役にたつかもしれない。太宰治人間失格を読んで自分は何故か一時の憂鬱を忘れられた。そんな鎮痛剤のようなブログに誰かにとってはなり得るかもしれない。これも執筆をはじめる1つの理由だ。

これからは憂鬱をはじめとした気分に身を任せてブログを書き進めていく。